絶対に笑ってはいけない洋館

某・大好きなテレビ番組とは無関係の、
三国一くだらない小説を書きました。
構想 15 分間(夕食を食べながら)・
執筆 1 時間の超大作をどうぞ!

1

生まれてこの方、私は笑ったことがない。
なにしろ、生まれた瞬間には泣いていたほどだ。
──というくだらない自分のジョークにも笑えない。


それが役立つ日は、突然やってきた──。

2

気がつくと、私は洋館の庭にいた。
会社の同僚たちが数十人と、妻もいる。
みんな、目を覚ましたばかりのようだ。


ご丁寧に、入り口には看板が付けられている。


「絶対に笑ってはいけない洋館 〜羊羹よう噛んで〜」


くだらない。じつにくだらない。


しかし、その看板を見たとたん、
「箸が転ぶ姿を想像して一日に三回は笑う」
と評判(どんな評判だ)の新入社員・
赤川が笑い出した。
つられて数人が笑う。


──笑った全員が、次の瞬間に倒れた。
元・医大生の笠井が、手早く容体を看る。


死んでいる──らしい。


とくに興味はないが、信じるほかはないだろう。

3

洋館の入り口を開けると、どこからか、
しわがれた声が聞こえてきた。


「やあ、みなさん。ゲームを始めよう。
この館に入ったら、もう笑ってはならない。
笑えば──、即座に死ぬ」


このしわがれ声が、館の主(ぬし)だろうか。


「赤坂たちが死んだのは、館の外だぞ!」
すかさず、佐藤が反論する。
「──あ、間違えた」
一瞬だけ素に戻った主の声を聞いて、
──佐藤は笑いながら死んだ。

4

無遅刻無欠勤無笑の社内記録を打ち立てて、
いつの間にか私は部長になっていた。
真面目を絵に書いたような(どんな絵だ)私の性格に、
美人な妻は惚れたらしい。


──本当に妻が惚れているのは、
私が持ち帰る給料袋だろう。
社内で私のことを、笑い袋ならぬ「笑わない袋」と
揶揄する者もいる。
くだらない。3 の倍数の時以外もくだらない。


──妻とは、世間体のためだけに結婚した。
──その妻が、足もとに転がっている。


3 番目の部屋で「土下座するエビ」を見て、
妻は大笑いしだしたのだ。
まったく、意味が分からない。


しかし、さすがに暗い気持ちになった。
こんな気分になったは、
社内食堂の B ランチが嫌いな酢豚だった、
先週以来だ。

5

次々に、私たちを笑わそうとする人物が出てきた。
どうやら彼らは、私たちが笑わないと、
死んでしまうようだ。
何人かに事情を聞いたが、誰も何も知らないと言う。


「笑わせ人」たちは、同僚たちを笑わせたとしても、
けっきょく館からの脱出法が分からない。
そのため、今度は「笑ってはいけない」側につく。


名前のわりには発言を「慎」まない男やら、
いま人気絶頂(らしい)のお笑い芸人やらが
何人か出てきて、私たちを笑わせようとする。


しかし、芸人自身が自分の話に笑ってしまい、
死んでしまった(彼らも笑うと死ぬのだ)。
その、彼らの最後にして最高の芸を見て、
高田が、中島が、花村が、松本が、
山口が、蘭が、和久が──、
同僚が何人も笑顔で死んだ。


その間も私は、
「妻がいないから、今夜は久しぶりに外食にしよう」
などと考えていた。
くだらない。○○王子と呼ぶのはくだらない。

6

最後に残ったのは、私ひとりになった。
残った部屋も、最後のひとつらしい。
扉にそう書いてある。


「おわりの部屋 〜名古屋とちゃうで〜」


いっさいを無視して扉を開けると──、
そこには、いままで死んだはずの全員がいた。


「誕生日おめでとう、あなた!」
「ハッピィ・バースデイーーー!」
「おめでとうございます、部長!」

7

──そうか、今日は私の誕生日だった。


これまでのできごとは、すべて、
妻と彼らの仕組んだゲームだったようだ。
私が、笑うかどうか──。
たぶん、何人かは金でも賭けていたに違いない。


ゲームの終わりを満面の笑みで飾る彼らを見て、
私は──、


ニコリともしなかった。


くだらない。西日本一くだらない。
こんなことをして、私が喜ぶと思っているのか。


いつも以上に仏頂面(部長だけに)の私を見て、
彼らの表情もこわばっているように見える。
──なんとも不自然な笑顔だ。

8

しばらくして、例のしわがれ声が聞こえてくる。


「おめでとう。君だけが最後のゲームにも勝った」


その声を合図にして、私以外の全員が、
──いっせいに死んだ。


「妻」の顔から、非常に良くできた変装マスクを外す。
笑顔がこわばっていた理由は、このマスクだったのだ。
このトリックはくだらなくない、とすこしだけ思った。

9


やれやれ、くだらないゲームは終わったようだ──。
いつもと同じように鉛のような重苦しい表情をして、
出口をくぐった私の目の前にあるのは、


「絶対に笑わなくてはならない和館」