「難しい」
かなり以前から気がついていたが、asiamoth(私です)と話しているひとは、よく「難しいですね」という。
「ああ、この人は〈難しい〉が口癖なんだ」
と思ったこともあるが、あまりにも多くのひとから「難しい」という言葉を聞く。
──ということは、自分に原因があって、相手が「難しい」といいたくなる──と捉えた方がよさそうだ。
いろいろなひとと、いろいろな話をするが、
「かのゲーテは『喜びには悩みが、悩みには喜びがなくてはならない』と『ファウスト』で書いたが、このとき彼は──」
とか、
「素数は無限に存在する、を証明せよ」
などを話したことは、無い。「〈量的緩和〉って名古屋弁みたいじゃね?」という〈解りにくいギャグ〉はいうが。
今日も、同僚の女性にmixiのことやブログのことを話したが、「難しい」を五回ほど聞いた。内容は、難しくなかったはずだ。
他のひとと会話をしているときも、恋愛の話や昨日のテレビの話を、普通に話しているはずだが、「難しい」という単語が一回は出る。
まだ「asiamothの話は難しいから解りにくい」といわれるならマシだが、どうも、〈asiamothと話している〉ことそのものが「難しい」を誘発するようだ。
たぶん、世の中には「○○さんと話していると『楽しい』が何度も出る」というひともいるのだろう。
サウイフモノニ
ワタシハ
ナリタイ