デスノート 「幕」

次回が《108》回目で「完」となる。キリが良い──って、東洋的思想って一切関連ないけど。

「人間は、いつか必ず死ぬ。死んだ後にいくところは、無である。」

──少年誌ではっきりと書いたのは初めてではないか。少年誌以外では『麻雀放浪記』くらいしか思いつかない(本当か?)。

宗教にはうといのだが、《死後の世界》を「無い」と言い切るところはあるのだろうか。自分は子供の頃から、「《死》ってなんだ? ──『何も感じなくなること』、か」と結論していた。しかし、《死後の世界》を信じる子供が今回の話を読んで、どう感じるかちょっと気になった。

──などということはデスノートとは関係の薄いことだ。

大場つぐみ氏は初期の段階からデスノートのラストを決めていたそうだ。「リュークがライトの名前をノートに書く」というのが、初めから決めていたことかどうかは不明だが、気がついたことがある。

振り返ってみると、「ノートに自分の名前を書かれたことを見ながら死んでいく」のはライトが初めてだ。たぶん、それは「ライトのために取っておいた」のではないか。ライトがリュークにすがったのも初めてだ。それを裏切られた。これほどひどい死に方はないのでは。

ライトが死ぬ直前に《新世紀の神》として熱弁をふるったが、共感した人も多いのでは。それを完全に否定して終わらせた。《キラ》を《新世紀の神》として完結させず、《クレイジーな殺人鬼》として悲惨な死に方をさせたのは、大場氏のシナリオ通りなのだろうか。

まだ終わっていないので結論はまだだが、デスノートが凄まじい作品であることは間違いない。次回、どうやって締めくくるかが楽しみだ。