名前が変わる

ここ一年で、姓が変わった同僚が三人いる。もちろん全員、女性だ。

──えーと、「(女性の)姓が変わる」イコール「結婚した」と取っていただけると思うが、いま思い出した。去年、オカンが「親戚のホニャララさんがハマっている宗教の関係で、姓を変えるようにそそのかされ、うっかり旧姓に変えそうになった」ことを思い出した。そのせいで、自分も姓が変わるところだった。

理由はともあれ、「姓が変わる」ことで自分が抱く感想はひと言、「面倒くさい」だ。今までAさんと呼んでいた人が今日からBさん。Cさんは来月からDさんで、しばらく休んでいたEさんはFさんになっていた。──などということが「にちじょうさはんじ」に起こっている。ただでさえ人の名前を覚えない(人にあまり興味がない)自分は、仕事上、イヤでも覚えなくてはいけないことが増えるのが、面倒くさい。



人間と、その他の動物を決定的に分ける要因の一つに、「名付けること」がある。言葉は動物でも話すが、「物には名前がある」ことを理解できるのは人間だけらしい。「I love you.」は「Iというもの、loveというもの、youというもの」に名前を付けて概念を与えたからこそ、意味が通る。

──ということをふまえた上で、結婚して姓が変わるということは、「今までIと呼んでいたものはhogeで、loveはfoo、youはbarになりました」というようなものだ、と思う。なんとも、面倒くさい。少なくとも自分と結婚するひとは、姓を変えて欲しくない。

ところで、世界中の女性が「佐藤さんとしか結婚しない病(ウィルスでも可)」にかかったとすると、世界中の人が佐藤さんになってしまう。そんな世の中になっても、「女性は結婚すると男性の姓を名乗る」のだろうか。