ありがとう、だけでいい

前に「脳内Y君」のことを書いたが、それに関連して。



「感謝することが大事」とか「『ありがとう』という言葉には力がある」といったことはよく聞く。

自分も、母親に「ありがとう」と、ここ数年言い続けている。明らかに、以前と比べて母との関係が良くなった。以前は、お互いに「たまたま近く(同じ家)に住んでいる他人」といった感じだったのだが。

まぁ、「水に『ありがとう』という言葉を《見せる》と結晶の形が良くなる」というのはどうかと思う。さらに、それを《科学的に正しい》と言い出すと、ちょっと……。さらにさらに、それを学校で子どもに教えるのは、うーん……。

素直に、「ありがとう、という感謝の気持ちが大事」とだけ伝えれば、子どもは頭がいいから、素直に聞くと思う。



それはさておき。

感謝する対象を、(具現化|象徴化|概念化)すると宗教になるのかな、とぼんやり。宗教には無学なので、戯言と思っていただきたいが。

「感謝する」気持ちや、「有り難い」と「思う」こと──そのものが、「自分(asiamothや貴方)」にとって(得|徳)になる。それは間違いないと思う。

ならば──(具現化|象徴化|概念化)した「何か」が無くても、いーじゃん。と思ってしまう。

──まぁ、宗教というものは、そんなに簡単なものでは無いのだろう。おそらく。