やたらと〈怒る〉ひと

自分の周りには、やたらと怒る人が多い。

──と、つい最近まで思いこんでいた。しかし、それはちょっと違うぞ、と気がついた。つまり──

自分はやたらと、人を怒らせてしまう。

──と、いうことらしい(半ば確信しているのだが「らしい」と逃げるところが自分らしい)。



自分は〈怒る〉ことを極力しないよう努力している。そんな自分から見ると、あまりにも簡単に怒る人が多すぎる。何故そんなことで怒るのか──と思うことがしばしば。

そもそも、〈怒る〉ことで何かが改善したり前進したり、要するに〈良くなる〉ことは無い、と思う。〈躾ける〉〈叱る〉ことは時には必要だが、〈怒る〉とは違う。

さらにいうと、〈怒る〉ことは対象が不在でもできる行為なので、できればasiamothの目の届かないところで、ひとりで腹を立てていて欲しい。



──しかし、どうも自分と会話をすると怒る人が多いようだ。自分のことだから、どうしても自分に対してひいき目になってしまうが、例えばこういうことがあった。



ISP(インターネットサービスプロバイダ)のサポートセンタで電話サポート、などという殺伐とした仕事をしているときに、上司(年下)から下記の指摘をいただいた。

「(asiamothの本名)さんは、対応中に何度も『要するに』という言葉を使いすぎる。『要するに』は、自分と同等か自分より下の立場の人間にいう言葉で、お客様に言うべき言葉ではない。お客様にはもう少しへりくだって話すべき」

この後も話は続く。最終的に、自分の話し方は「お客さんを馬鹿にしている」ということになった。その一端が「要するに」という単語に現れている、とのこと。

──少なくとも自分が生きてきた中で、「要するに」に相手を馬鹿にする意味がある、とは習わなかったし思いも寄らなかった。ひょっとしたら、いつの間にか「要するに」の意味が変わっていた──「煮詰まる」みたいに──のかと思って調べたが、そんなことはなかった。

いろいろ思うところはあるのだが、要領ばかりが良くなった自分は、以後サポートする際に「要するに」は使わないように気をつけることにした。要するに、いちいち反論するのが面倒くさい。



 【要するに】
 ようする‐に【要するに】 エウ‥
 〔副〕
 つまるところ。かいつまんでいえば。つまり。畢竟(ひつきよう)。「―君の責任だ」
 (広辞苑 第五版 (C)1998,2004 株式会社岩波書店

 【煮詰まる】
 に‐つま・る【煮詰る】
 〔自五〕
 (1)煮えて水分がなくなる。
 (2)転じて、議論や考えなどが出つくして結論を出す段階になる。「交渉が―・る」
 (広辞苑 第五版 (C)1998,2004 株式会社岩波書店

(「煮詰まる」は「行き詰まる」という意味ではない)